私のIDDM暦

2006.02.05 (Sun)

 父が亡くなった約1ヵ月後の2004年12月、突然いくら食べても満腹にならなくなり
 お弁当を食べた後にパン3コ食べる

 激しい喉の渇きと頻尿や体重減少が続く為、2ヵ月後の2005年2月病院に行き
 自覚症状より判断した甲状腺と糖尿病の検査を依頼する
 空腹時血糖値が高く(400OVER)経口剤を処方される

 経口剤服用後も改善が見られない為、そこで初めてGAD抗体検査を行い陽性と診断され
 数日後入院を余儀なくされる

 2ヶ月放置した為A1cは15%OVER
 入院初日からインスリン治療を行うも、22時半頃激しい低血糖症状に見舞われ
 基礎注射(N)を打たないよう指示される

 インスリン治療を始めて2週間後、GOT及びGDPが1000を超えた為
 劇症肝炎かもしれない&消化器系に腫瘍マーカーが出てると脅される
 入院から1ヵ月後、検査の為転院させられる(その時インスリンを没収される

 IRシンチ、肝生検などいろいろな検査を行うも原因は分からず
 毎日強ミノ注射をして約1ヶ月間をかけて数値を下げ
 元の病院に戻ってまたインスリン治療を始める(以後ウルソを常用)

 相変わらず基礎注射は打たず、ログのみ食前に打つように指導される
 2型治療を行われ、制限食と運動療法により再入院時43Kgだった体重は
 1ヶ月ほどで38Kgになる

 トータルで約3ヶ月の入院生活を経て退院
 体重減少により生理が止まり、徐脈や極度の低血圧になり
 パニック障害を起こすようになる

 管理栄養士に相談をし、病院より指示された食事量1600kcal
 では少ないと判断され2200kcal食事を摂っても良いと言われる

 食べ物に対して、適量のインスリンを打てばなんでも食べられる事を知り
 毎日おやつを食べ始める

 担当医に対して不信感を覚え始めた頃
 薬局から、急にログの処方が出来なくなると言われ現在のクリニックに通院するようになる

 自己管理の元、好き勝手なモノを食べ徐々に太りだす

 基礎をNからレベミルに代える

 人生MAX体重になる

 いつの間にか肝機能障害がなくなりウルソをやめる(現在に至る)


突然の1型糖尿病の宣告
入院して間もなくの「劇症肝炎かもしれない」&「消化器系の腫瘍マーカーが陽性です」
という医者の言葉
患者になんの説明もなくされた検査とその結果、そして医者の無知により
間違いだらけの治療が行われた

もし私がとても心の弱い人間だったら自殺していたかもしれない
そして今、その医者はもういない…

テーマ : 医療・病気・治療 - ジャンル : 心と身体

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